富山:日本語教室でも練習重視(英語と同じ)

英語論と同じ 日本語教室

英語は習うより練習だ!

ということは口酸っぱく、それこそ耳にタコができるくらい、このブログで主張しておりますが、その妥当性を再確認することができました。

“日本語”ボランティア養成講座

富山県の日本語教育の第一人者、原和子先生。

この方が設立した「日本語教師会ゆうゆう」が、富山県国際交流センターの講座の一つ「日本語ボランティア養成講座」を受託しております。

なぜ、こんな話をするかというと、私もこの四月から通わせてもらっているからです。英語教育のヒントになれば、と思い受講することになりました。

この講座についてはこちらから

言語にができるとは

そこで配られた資料ですが、様々示唆に富む内容でしたので、少し紹介させてください。

日本語ができるとは?

できる」定義が必要

まず日本語ができる、この定義、ゴールが示されておりました。

昨日のブログでも似たような内容でしたが、ゴールをしっかりと見据えないと、今やるべきことを誤ることになります。

(昨日のブログ:Nikkei Style:英語の学習は逆算で

英語学習で言うと、子供に英会話を習わせる、ということです。

「日本語できる」とは?

先生は、日本語ができるとは

  • 聞いたらすぐわかる
  • 思ったらすぐいえる

「=コミュニケーションがとれる」ということだそうです。

子供にとっては異なる

ちなみに、子供にとっての「できる」は異なるそうです。

子どもは放っておいてもコミュニケーションはとれるようになるので、

「勉強ができる」

ことが日本語ができることになるそうです。(納得)

「理解」だけでは不十分。「練習」しろ

また、資料の中に

日本語は、文法、語い、フレーズを学んで「理解した」だけでは「日本語ができる」ようにはならない。

配布資料より

と書かれています。まったく同意見です。そして、スポーツや楽器演奏を例に挙げられ、

つまり「練習」が必要です。考えなくても自然に体が動くとか指が動くということが「身につく=できる」ということです。

同上

もう、私がいつも吠えまくっていることと同じ過ぎます。

日本で英語を教わること、日本語を教わること

日本語はどう習う?

ちなみに、日本で日本語はどのように教えるのでしょうか?

基本「日本語で日本語を」教えます。

習う人の習得している言語が異なるので、英語で教える、というわけにはいきません。

共通言語は日本語なのです。

これは大変ですよね。わからないから習っているのに。

では英語は?

英語は違いますよね。日本語で習えます。 日本語で英語の本は山と積まれています。

「英語は多読だ」「いや、英語は音読だ」「違う、英語は文法力だ」「英語は映画に決まってだろ、チー牛どもが」「英語はSNS一択だろ、あたおか!」

等と、むしろそれぞれが正反対のことを言っていて選べないくらいです。

そう英語の理解は可能。練習環境が問題

そう、理解することは、容易にできます。これだけ本も出ているのですから。

インターネットで調べることができます。

では、「できる」ようになるための「練習」はどうでしょうか?

これが問題です。(ハムレット風)

練習をする場がないのです。

「理解」が問題ではなく「練習」が問題なのに、学校に加えて「さらに」英語や英会話を教わりに行っているのが多くの日本人家庭の実情です。